THE YELLOW MONKEY

読み : イエローモンキー

THE YELLOW MONKEY(通称・イエモン)は日本のロックバンド。1988年にバンドを結成した当初はヴォーカルの吉井和哉がベースを担当していたが、廣瀬洋一が加入したことで今度はギターに転向。KILLER MAYというバンドでデビューしていたドラマー・菊地英二と実兄であるギタリスト・菊地英昭が加入。前ヴォーカルは吉井との音楽的見解の食い違いで脱退し、三度の転向でようやくヴォーカルに。2001年1月活動停止し2004年7月7日に解散。吉井に対して音楽面で他のメンバーが遠慮がちになり距離感が生まれていたことが原因であった。3年間の活動休止期間を経たがそれぞれやりたいことがあり、バンドとして再活動できる状態でなかったことから解散を決意。吉井は解散理由について「仮面夫婦になってしまった」と語っているが、「解散は辛くメンバーは最高」であるとも語っており、他のメンバーも「吉井を追い込ませて、感情を吐き出させてやれなかった」というようにお互いを擁護する発言をしており、メンバーの不仲から解散に至ったわけではない。

GOLDEN YEARS Singles 1996-2001

THE YELLOW MONKEYの由来

ヴォーカルの吉井和哉が自分の苗字の頭文字である「Y」を英和辞典でひき、「yellow monkey」が偶然目に付いたのでそのままバンド名に。吉井和哉はダサくてシニカル(皮肉な態度をとる、冷笑的の意)なバンド名にしたいと考えており、「yellow monkey」は黄色人種(日本人)に対する差別用語であるが、それ逆にバンド名にしたことで皮肉さが込められている。メンバーはみんな180cmの長身でルックスが良いことがTHE YELLOW MONKEYのコンセプトで、ダサいことを意図したバンド名と比較すると確かに皮肉ととらえることができる。

吉井和哉の愛称・ロビンの由来

ヴォーカルの吉井和哉はロビン呼ばれており、ロビンという愛称は吉井和哉が17歳の頃に所属していたバンドメンバーに付けられた。アメリカのメタル・バンド、RATT(ラット)のギタリスト、ロビン・クロスビーに似ていたことが愛称の由来となっている。ロビン・クロスビーの綴りはRobbin Crosbyだが吉井和哉のロビンの綴りはLovin。ちなみにドラマーの菊池英二の愛称・アニーは、ファミレスの「アニーズ」で愛称を決める話し合いをしていたことに由来するそう。ギタリストで菊池英二の兄である菊地英昭の愛称・EMMA(エマ)は、エロそうという理由からフランス映画の『エマニエル夫人(Emmanuelle)』から名づけられたそう(『エマニエル夫人』は官能的な内容のため)。

骨格が似ている?
ロビン・クロスビー

MASSIVE (マッシヴ) Vol.02 (シンコーミュージックMOOK)

THE YELLOW MONKEY MOTHER OF ALL THE BEST

『パール』:「Pearl(真珠)」は昔から「人魚の涙」とも言われている。吉井和哉は「涙」を意味すると語っており、PVの背景壁には目が描かれている。