マックミランの女子野球部
読み : マックミランノジョシヤキュウブ
「マックミランの女子野球部」は週刊少年マガジンで連載されている須賀達郎による四コマ漫画。
当初は別冊少年マガジンにて『マックミラン高校女子硬式野球部』というタイトルで連載されていたが、2013年9号から週刊少年マガジンに移籍し、タイトルを『マックミランの女子野球部』へと改題して連載を開始した。
強豪女子野球部に男子マネージャーとして入部した少年がチームの母として成長していくというストーリーで、コメディタッチの四コマ漫画である。
【目次】
マックミランの女子野球部の元ネタ・由来
この漫画のタイトル及び登場人物の名前はそれぞれかつてニッポン放送で2005年から2008年まで放送されていたラジオ番組『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』が元ネタとなっている。
マックミランとは
まずタイトルであり学校名となっている『マックミラン』であるが、これはくりぃむしちゅー上田晋也が高校時代に履いていたジーンズのブランド名。
上田はとにかくファッションセンスがない人物として有名であり、かつてさまぁ〜ず・雨上がり決死隊と共に放送していたミドル3という番組でも昔のファッションのひどさをいじられていた。
そんな上田のファッションの中でも特に伝説となっているのが高校時代に母親が原宿で買ってきたというケミカルジーンズである。上田は母親が買ってきたというそのダサすぎるジーンズに疑問も持たず履いていたのだが、それを見た当時同じラグビー部だった有田になんてものを履いているのかと突っ込まれる。そこで上田が自分のファッションを正当化するために言い放ったのが「マックミランだからね」というもの。これはジーンズのタグに書いてあったブランド名をただ言っただけであり、もちろんマックミランなんていうのは有名ブランドでもなんでもないためなんの説得力もない。このエピソードはラジオのみならずしゃべくり007などテレビ番組でも度々トークの話題として取り上げている。
オールナイトニッポン内ではマックミランなんてブランドは本当にあるのか、という話にもなり、そんな名前の英語の教科書があった、マックミランという名前のファッションデザイナーがいたなどの報告があったが、結局マックミランというブランドは謎に包まれたままであった。しかし上田は大人になっても「まぁ黒からね」「ポロだからね」「表参道ヒルズだからね」など自分のおかしなファッションを強引に正当化する発言を繰り返しており、「上田晋也のまぁでもオシャレだからね」というコーナーが作られ大いにいじられていた。
2013年9月14に日本テレビ系で放送された『嵐にしやがれ』でもマックミランの話題が取り上げられ、販売元のメーカーを探すも結局見つからず。実物を見ることはできなかったが、上田の過去の証言を元に再現するという形がとられた。
登場人物の名前
マンガ内の登場人物の名前もやはりくりぃむしちゅーのオールナイトニッポンで話題になった人物が由来となっている。
・正清大地(マサキヨ ダイチ)
くりぃむしちゅーの二人が済々黌高校時代に所属していたラグビー部の監督・正清宗昭氏が由来。1998年には花園にも導いているわりと名監督らしい。
・長州リコ(チョウシュウ リコ)
どう考えてもプロレスラー長州力(チョウシュウリキ)が由来。有田が得意とするモノマネであるのはもちろん、ラジオでも「長州有力(ありき)の今しかないぞ!俺達の時代だ!」のコーナーなどさんざんネタにされていた。
・藤波佳織(フジナミ カオリ)
これもやはりプロレスラー藤波辰爾から。藤波もやはりラジオでは長州と共にネタにされていた。また佳織という名前は藤波辰爾夫人の「伽織」さんから。
・上田美知子(ウエダ ミチコ)/有田和代(アリタ カズヨ)
この二人はくりぃむしちゅーのそれぞれの母親の名前から。実際には上田の母が「かずよ」で有田の母が「みちこ」であり、入れ替えたものとなっている。二人の母がラジオをやる「おふくろナイトニッポン」などでネタに。
・名藤ベッキー(ナフジ ベッキー)
女性タレントベッキーから。ベッキーもラジオでは「あーはーライン」というコーナーで特定のリスナーによってネタにされていた。詳しくは「ロングラン」の記事を見ていただきたい。
・中瀬風華(ナカセ フウカ)
「中瀬」というのはくりぃむしちゅーのラグビー部の先輩、通称「ぷ」。前述の正清監督に練習中殴られる「ぷ・ぶん殴られ事件」などが話題に。
「風華」は上田晋也の娘の名前、実際の娘の名前は「上田風花」である。第一子が生まれた際にリスナーで名前を付けようという話になり募集するが、結局は奥さんが付けた名前に決定する。その後もネタハガキの中で多々登場することとなる。
・黒瀬翼(クロセ ツバサ)
黒瀬は二人が通っていた済々黌高校の数学教師であり、ラグビー部の顧問・黒瀬直邦氏。二人からは「セグロ(瀬黒)」や「ジキセ(直瀬)」などと呼ばれていた。