師匠(鈴木隆行)
読み : シショウ(スズキタカユキ)
この世界に「師匠」と呼ばれる人物は数多存在しているが、ここではサッカー選手・鈴木隆行のことを指す。
彼の事をいろんな意味を込めて「鈴木師匠」あるいは「ノーゴール師匠」などと呼ぶ。
師匠(鈴木隆行)の由来・意味
鈴木隆行が「師匠」と呼ばれうようになったのは、日本代表のFWとして活躍したにも関わらず、長期間ゴールを決めることができず、ノーゴール記録を作ったことが由来となっている。
鈴木隆行は高校卒業後の1995年に鹿島アントラーズに入団し、その後海外移籍、Jリーグ復帰などを経て2001年に初めて日本代表に招集された。コンフェデレーションズカップのカメルーン戦で初スタメンに抜擢されると2ゴールを挙げて「シンデレラボーイ」と呼ばれ注目を集めることとなる。そしてその翌年2002年日韓ワールドカップのメンバーにも選出され、ベルギー戦ではこの大会での日本の初ゴールを決める活躍を見せた。
と、この時期日本代表のFWとして数多く試合に出場した鈴木だったのだが、実はその裏では全くゴールを決められない「ノーゴール」が続いていた。このワールドカップベルギー戦でのゴールを決めるまで、なんと公式戦20試合連続ノーゴール、合計1659分無得点というノーゴール記録を作ってしまっていたのだ。それがこのワールドカップという大舞台でストップしたのだから驚きである。ベルギーの実況も「これまでノーゴールだった選手がなぜここで…」と落胆したという。しかも鈴木隆行はこれだけで終わらず、その後2002年から2003年にかけて今度は46試合、1790分ノーゴールという自らの記録を更新する記録を作ってしまったのである。これはFWのノーゴール世界記録となっている。
注目すべきなのはこれほどまでにノーゴールだったのにも関わらず日本代表に招集されワールドカップにも出場、所属チームでも試合に出続けたという点である。当時の監督トルシエは鈴木の献身的なプレーを高く評価しており、半年間ゴールがなくても相手にプレッシャーを与え、チームの攻撃的な姿勢につながる、と話していた。ただ、鈴木はFWでありながら守備でしか活躍しないDFWなどと揶揄されることも多かった。
そういったことからノーゴールでも試合に出続ける鈴木隆行を「ノーゴール師匠」「鈴木師匠」と呼ぶようになった。また、その後彼と同様にノーゴールが続くような選手を「師匠」と呼ぶようになる。スペイン代表のフェルナンド・トーレスが「師匠」と呼ばれるのもこの鈴木隆行の「ノーゴール師匠」からきているものである。
テレビ朝日系のサッカー番組『やべっちFC』で小野伸二が鈴木隆行の事を自分よりもリフティングが上手い「リフティングの師匠」と呼んだ事があるが、ネットではすでにノーゴール師匠と呼ばれていたため、小野伸二が「師匠」の発案者というわけではない。小野がネットでは鈴木が「師匠」と呼ばれていたのを知っていたのかどうかは定かではない…。