氷室京介

読み : ヒムロキョウスケ

氷室京介は元BOØWYのヴォーカリストで現在はソロで活動している。本名は寺西修。芸名からヒムロックとも呼ばれている。BOØWYがデビューした当時は氷室狂介と表記していた。

BOØWYのベーシストである松井常松らと結成したデスペナルティで1979年にEastWestコンテストに入賞し、ビーイングにスカウトされるも実力不足を理由に強制的に解散させられた。その後、スピニッヂ・パワーというバンドに加入するも半年で脱退。1982年に布袋寅泰らとBOØWYを結成し再びデビューを果たす。

BOØWY以前、BOØWY以後と評されるほど日本の音楽シーンに多大な影響を与えるも1988年に解散。その後はソロとして活動し、1994年にロサンゼルスに移り住んで以来メディアにはあまり出なくなった。2014年7月にライブ活動無期限休止を発表。

氷室京介の由来

芸名の氷室の由来は少年マガジンで連載されていたマンガ『ワル』の主人公・氷室洋二。京介の由来は不明だが、ネーミングには深い意味なく、当時はそれがカッコいいと思っていたからだそう。氷室京介という名前に対して自分で付加価値を伴わせてきた、そういう意味で名前は気に入っているそう。

『ワル』は不良の主人公・氷室洋二と、彼を更生させようとする学校との戦いを描いたマンガ。1970年から1972年まで『週刊少年マガジン』で連載(全13巻)。『ワル』はこれまで12本も映像化されている。

連載終了後、『新書ワル』が1987年から1992年まで『プレイコミック』で連載(全12巻)、『ワル正伝』が1993年から1996年まで『週刊実話』で連載(全7巻)された。

東日本大震災の被災地への義援金

2011年6月11日・12日に東京ドームにて「東日本大震災復興支援チャリティライブ KYOSUKE HIMURO GIG at TOKYO DOME “We Are Down But Never Give Up!!”」を行い、ライブの収益金・6億6922万940円を全額東日本大震災の被災地に寄付。このチャリティライブでは全編BOØWYの楽曲で演奏された。

さらに震災で被災した子供たちを支援するため、2億1136万4422円を義援金として寄付。寄付総額は8億8058万5362円にのぼる。

また、2012年3月14日にリリースされたシングル『IF YOU WANT』の著作権料をJASRACの「東日本大震災復興支援基金『こころ音』基金」に全額寄付。チャリティライブについて氷室京介は以下のようにコメントしている。

氷室京介:
互いの気持ちと力を合わせて支え合う運命の時。
微力ではあるけれど、俺なりに過酷な状況下でいまも闘っている皆さんを応援したいと思います。
We are down but never give up!

ロック界に数々の伝説を残してきた氷室京介。そして自身のロックで震災で被災した人たちを支援。これが氷室京介というロックシンガー。